ヴィパッサナー瞑想 実践方法
1.歩行瞑想マニュアル
ここではどなたでも読んですぐに歩行瞑想を始められるよう、やり方のみを説明しています。歩行瞑想の意義やもっと詳しく知りたい方は、このあとの歩行瞑想の意義をご覧ください。
ステップ1
1. 足を軽く開いてまっすぐに立ちます。手は組んでも組まなくてもかまいません。大切なのは、足の感覚に意識を集中させることです。
2. ふだん歩くより少しゆっくりのスピードで歩き始めます。左右どちらの足からでもかまいません。
3. 右足から歩き始めた場合には、まず右足が動いた実感に対して「右」とラベリング(言葉確認)します。黙って心のなかの内語でやります。
4. 次に左足を一歩前に出します。「左」とラベリングします。足の動いた実感に対してラベリングをしないと、だんだん掛け声やマントラ感覚になってしまうので気をつけてください。
ざわついた心が落ち着くまで繰り返します。
ステップ2(歩行を2段階に分けて観察します)
1. 足を軽く開いてまっすぐに立ちます。
2. ステップ1よりもさらにゆっくり歩き始めます。
歩行感覚のどこにポイントを絞るかは自由です。足が上がっていく感覚か、足裏が離れていく感覚を感じるのが普通です。あまり高く上げる必要はありません。
3. 足が上がっていった感覚に対して「上がった」と1回ラベリングします。足が上がる感覚よりも、 足裏が離れる感覚を強く感じる方は、「離れた」と1回ラベリングします。
右足をゆっくり下ろし、足が下りていった感覚を感じます。床に着いたら「下りた」と1回ラベリングします。足裏の接触感を強く感じる方は「触れた」or「着いた」とラベリングします。
4. 左足も同じように足の上がった感覚と下りた感覚を感じたときにラベリングしてください。もしくは足裏が離れた感覚と床を踏んだときの接触感です。
ステップ3(ステップ2の歩行瞑想をさらに細かく観察します)
1. 足を軽く開いてまっすぐに立ちます。
ステップ2よりもゆっくりと右足から歩き始めます。 左足からでもかまいません。
2. 上げ終わったら「上がった」と1回ラベリングします。もしくは足裏が「離れた」とラベリングします。
3. 次に歩幅を小さめに取り「進んだ」とラベリングします。
4. 足を下ろして「下りた」、もしくは足裏が「触れた(着いた)」とラベリングします。
5. 左足も同じようによく観察してください。
*Uターンして方向を変えるとき
1. Uターンするときには、まず壁際で立ち止まり、直立している感覚を感じて「立っている」とラベリングします。
2. 次に体がターンする感覚を感じて「回った(or曲がった)」とラベリングします。
3. Uターンが終りました。もう一度、直立している感覚を感じて「立っている」とラベリングします。
4. また最初に戻り、足が上がった感覚に対して「上がった」、もしくは足裏が「離れた」と1回ラベリングします。
★注意@: 歩きながら音が聞こえ、考えが浮び、気になるものがハッキリ眼に入ってきます。そのときは立ち止まって、それぞれの現象に「音」もしくは「聞いた」、 「考えた」「妄想」「雑念」「イメージ」、そして「見た」とラベリングします。消えた ら、また中心対象の歩行感覚に戻ります。
もし何か気になることやとらわれていることがあれば、サティを入れてもなかなか消えません。逆に喧嘩相手のイヤな顔などがこびりついて心から離れなくなることもあります。そのときは5〜6回ラベリングしても消えなければ、足をドスンと踏んで強引に中心対象の歩行感覚に意識を向けてしま います。
「気にしている」「とらわれている」とラベリングしてもよいでしょう。
★注意A: 歩行瞑想には、理想の型がある訳ではありません。途中でフラついたら「フラついた」「よろめいた」とラベリングします。「フラつき」「よろめき」と名詞形のラベリングでもかまいません。
★注意B: ラベリングを多用すると妄想は出にくくなります。「上がった」「上がった」 「上がった」、「進んだ」「進んだ」「進んだ」と言葉が連続するので妄想や思考ができなくなるのです。しかしその分マントラ感覚が強まり、体が動いたセンセーション(身体的実感)を感じづらくなります。一長一短なので、臨機応変に 使い分けてください。
心は一瞬々々変化しますので、毎回ワンパターンのラベリングではとらえきれません。常に「その瞬間」を即興で確認します。毎回、毎瞬、毎刹那、初心が大切です。
★ 注意C: 実際にやってみると分らないことが次々と出てくるものです。そのときのために瞑想会があります。正確にやらないと、ヴィパッサナー瞑想の真価が分りませんので、ぜひ瞑想会にお出かけください。
2.歩行瞑想の意義
ここでは歩行瞑想の意義について説明しています。なお文末の註もぜひお読みください。
ヴィパッサナー瞑想は、まず体の動きに気づくことから始めます。心の現象よりも体の動きの方が簡単に気づけるからです。
目的は、妄想を離れることです。妄想は止めようと思っても止められません。何を見ても聞いても必ず連想や妄想が浮かんでしまうので、一瞬一瞬の体の動作に注意を釘づけにしてしまうのです。
体が動く。センセーション(身体的実感)が生じる。それを感じる。気づきを入れる。この「気づき」を修行用語として「サティ:Sati」と言います。現在の瞬間を捉える心です。ヴィパッサナー瞑想のキーワードなので、覚えましょう。
このSati(気づき)を徹底的に連続させていくのが、妄想に巻き込まれない技術なのです。体が動いている実感は過去や未来のことではなく、今のことです。一瞬一瞬感じた体感に気づいていけば、妄想しないですむのです。体の動作を中心に随観していくので『身随観』とも言います。
『身随観』の最初は、歩行瞑想(ウォーキング・メディテーション)から始めましょう。座る瞑想(座禅)よりも動きがダイナミックなので感覚が取りやすいからです。大ざっぱな動きから始め、だんだん細かな動きを感じるようにします。
まず普通に道を歩く速度で脚全体の動きを感じながら、「右」「左」「右」「左」と言葉を付けて確認しましょう。
今経験している出来事を一瞬々々気づいて確認するのがヴィパッサナー瞑想です。
気づきがあればSatiがあるのですが、気づきを内語で言語化して認識確定をする仕事を≪ラベリング≫と言います。ラベルをペタペタ貼っていく要領で、現在の瞬間の出来事を≪言葉確認≫していくのです。
右足の動きを感じたならば「右」とラベリングします。今この瞬間に自分に起きた出来事は、歩行していること、右足が動いたこと、その感覚を感じたこと、でした。
それが現在の瞬間に知覚し、経験した事柄だったのです。
これは妄想ではなく、現実の出来事でした。だから「右」、とラベルを貼るように、言葉を貼って確認するのです。もちろん黙って心のなかの内語でやります。
……「左」「右」「左」「右」…と、足の動きを感じるたびごとにラベルを貼っていけば、これでヴィパッサナー瞑想が始まっています。
ポイントは、掛け声にならないこと
感覚をしっかり感じて、その直後にラベリングしながら確認します。心の90%は感じることに使います。これが、現在の瞬間を捉え続けて妄想を離れる、ヴィパッサナー瞑想の技術なのです。
一定の時間歩いたら次に、歩行速度をゆっくりにします。足の上がる動きと下ろす動きをそれぞれに感じ分けて、「(右足が)離れた」「着いた」あるいは「上がった」「下りた」とラベリングします。
言葉は、自分が感じた通りに選んで貼ればよいのです。「このように感じなさい。
これが正しい経験の仕方です」という公式のようなものはありません。感じ方、経験の仕方は各人各様、千差万別です。
しかし最初は現在形よりも完了形のラベリングの方がよいでしょう。
「離れる」「着く」あるいは「上がる」「下ろす」…など、現在形では動作の最中に言葉を付けてしまいがちだからです。感覚を実感する仕事がいい加減な、曖昧なものになってしまうのです。
言葉を言いながらでは、よく感じることができません。それどころかいつの間にか、言葉だけが一人歩きを始めます。ラベリングさえしていれば、それでヴィパッサナーがやれていると錯覚する人が多いので気をつけましょう。
感じないで、言葉を言うだけなら、マントラを唱えるのと同じことになってしまいます。
集中が高まるにつれて微細な感覚に気づくことができるようになります。次は感覚を3段階ぐらいに分けて感じます。「離れた」「進んだ」「着いた」あるいは「上がった」「動いた」「下りた」など。あわてないで、一つ一つの動作の始まりから終りまでよく感じてください。
集中がよければ、間断なくセンセーション(感覚)を感じてSati(気づき)を連続させることができます。しかし実際にやってみると難かしいことが分かります。絶えずなにかの音が耳についてくるし、音に心が飛ばなければ、思考やイメージが次々と心に去来してきます。
そのときは、すかさずその現象にサティを入れます。音が聞こえたら「音」もしくは「聞いた」。思考やイメージが浮んだら「考えた」「雑念」「妄想」「イメージ」などとラベリングします。
一瞬一瞬サティを入れつづける中心対象は足の歩行感覚です。中心外の音や思考にSati(気づき)を入れた直後には、必ずいったん中心にもどします。
「(足が床から)離れた」「進んだ」「着いた」→ワンワン→「聞いた」→「(足が)離れた」「進んだ」→犬のイメージ→「雑念」→「着いた」……
いったん中心にもどすのは、集中力を養う意味もあります。外れても外れても、一点に心を振り向けていく訓練です。繰り返し中心に注意を絞ることで心の散乱状態が鎮まっていきます。散乱が鎮まれば、落ちついて一つ一つの対象がよく見えるようになります。たんなる「気づき」から「観察」の瞑想に成長していきます。
驚くべきことに、歩くことが、究極の瞑想を実践する現場なのです。ゆっくりと落ちついて足の感覚を感じます。一瞬一瞬のセンセーションをできるだけ鮮明に感じて、感じたこと、気づいたこと、直観したことを、ラベリングによって言葉確認していくのです。
音や思考に心が飛ぶのを嫌わないでください。なんにでも刺戟の強いものに飛びついていくのが心なのです。モンキー・マインドならモンキー・マインドだと、気づけばよいのです。あるがままに起きた事実を事実と気づくたびにSatiが成長していきます。
足が動くと、感覚が生じ、生じた瞬間には変化し、滅し去っていく……。
物事は変化し消えていってしまいます。
身体現象というものが無常の本質を持っていることを観察する仕事に没頭していると、妄想で灰かぐらになっていた頭がシーンと静かになって澄みわたってきます。
歩行瞑想(walking meditation)は、駅に向かって歩くときや、会社のトイレの往復などさまざまな場面で実践できます。いつでも体感を感じて、現在の瞬間に心をつなぎとめておくことが大切です。
今、私は何をしていますか? この心と体はどうなっていますか?
どんなときにも常にマインドフルに自覚的でいるならば、悪い心や煩悩にヤラれてしまうことはありません。苦の原因を作らないですむのです。感覚に気づくことから始めて、身と心に生起する事柄を観察してください。
毎日、たった10分間でも構いませんので、静かに歩いて足の感覚を感じてください。純粋に歩くことだけのための特別の10分間をサティの修行のために捧げてほしいのです。だんだん時間が延びて、≪サティ≫が楽しくなってきます。
落ちついて物事を正確に見ることができれば、正しい対応行動を取ることができ、ストレスや苦のない人生が展開されてくるのに感動を覚えるでしょう。
*註:ヴィパッサナー瞑想の原理はとてもシンプルなのです。現在の瞬間に気づいていくこと、たったこれだけなのですが、具体的な修行法になると、世界中にいろいろなスタイルがあります。最もポピュラーなミャンマーのマハーシ・システムやS.N.ゴエンカ氏の方法を始め、タイにもスリランカにも独自のスタイルのヴィパッサナー瞑想がたくさんあります。
当然のことですが、どの方法も一長一短で、全ての人に完璧という訳にはいきません。
また個人の性格や資質によって向き不向きも出てきます。さらには例えば、同じマハーシ・システムの中でも教える先生によって強調するポイントが微妙に異なるので、テクニックの詳細はさまざまなのです。
ここでは各国のヴィパッサナー瞑想センターで長年にわたる実践・研究した結果に基づき一つのサンプルを示しました。大勢の日本人瞑想者の修行レポートを参考に、日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老に監修していただき初心者がやりやすいマハーシ・システムになっています。
さらに詳しく知りたい方は、『大念住経』や『清浄道論』などテーラワーダ仏教の聖典をご参照ください。
☆歩く瞑想のやり方、座る瞑想のやり方の詳細は、地橋秀雄著『ブッダの瞑想法』(春秋社)に載せています。
☆歩く瞑想の微妙なタイミング等をビデオで確認したい方は、地橋秀雄著 DVDブック『実践 ブッダの瞑想法』(春秋社)をご覧ください。
☆YouTubeで、初心者講習の内容を観たい方は、地橋秀雄先生によるヴィパッサナー瞑想の初心者講習をご覧ください。
グリーンヒル瞑想研究所では、さまざまな瞑想会を開催しています。初心者の方に気軽に参加いただける「初心者講習会」や、1日中瞑想に没頭する「1Day合宿」、全5回に渡ってブッダの瞑想法と理論を学ぶ「朝日カルチャー講座」などがあります。