合宿でのヴィパッサナー瞑想体験集
〈K.Y.さん(幼稚園教諭・20歳・兵庫県)の体験記から〉
◎ダイエットが目的だったのに……こんな世界が……
父が瞑想をしていることは知っていましたが、私は全然関心がありませんでした。
ところが去年の8月に地橋先生の合宿から帰ってきた父が、以前にもましてすごく痩せたのを見て、私もきっと痩せられると思い、どうしてもこの合宿に参加したくなりました。瞑想の'め'の字も知らなかったのですが。
地橋道場では、他の方々のただならぬ緊迫した雰囲気に不安を覚えつつ、とりあえず動作だけでもゆっくりやろうと思いました。
座禅をしても全く集中できず、雑念がメリーゴーランドのように頭の中を駆けめぐっていました。「雑念」、「雑念」とラベルを貼っても、ラベルが雑念の流れとともに駆け回っていて消えることはありませんでした。
3日目、マンツーマンで先生に食事中のサティの入れ方を指導して頂きました。
例えば卓上の器を取ろうとして手を伸ばしていくときにも、伸ばしていくその一瞬一瞬の手の動きを感じること、指が器に触れたときの感覚、器をつかんだとき の圧の感覚、つかんで持ち上げるときの感覚、引き寄せるときの感覚、器を戻して卓上に置いてからは、つかんでいる指を放したときの余韻まで細かく感じ取っ ていくのだということを教えて頂き、なぜ他の方々があんなにもゆっくりと動作しているのかということがやっと分かったような気がしました。
食事中の体感を感じ取れるようになると、それまではただゆっくり歩いているだけだった歩行禅でも、足裏の感覚をできるだけ感じ取ろうと、自然にそれまで以上にゆっくり歩行ができるようになりました。
また雑念が出てきたときには、客観的に観ることが大切だということも教えて頂き、さっそく座禅で試してみることにしました。そして雑念が出たとき、
「あ。これが'雑念'か」→「雑念」
とラベリングすると、とたんにスーッと消え、すぐにお腹に集中することができたのです。
とてもうれしくなり、もっとしてみようと思いました。
しかし雑念がすぐ消えるようになっても、眠気が襲ってくると長く座っていられません。
そこで先生に御相談しますと、食事を摂りすぎると眠くなりやすいとおっしゃいましたので、翌日から超少食を始めました。そうして二日ほど経つと以前より頭がすっきりとし、眠気もなくなってきました。
それからは修行がとても順調にいくようになりました。
座禅中に脚が痛くなり,痛みの観察をしていると、まるで他人の脚のように客観的に観ることができ、感覚の変化を観察するのがとても楽しく感じられました。
立ち禅をしているときは周りの空気や頭の中がとても静かで透明に感じられ、
「静かだ」「透明だ」
とラベリングすることができました。
また以前は感じ取れなかった足裏のすごく複雑な感覚の変化が感じられ、最後には足と畳がくっついてしまったような一体感を感じました。
また以前にはサプリメントの補給中に、「ミロが取りたい」とだけしかインテンション(欲求)が出なかったのですが、「(手を)上げたい」→「上げた」,「伸ばしたい」→「伸びた」→「(手がミロのビンに)触れた」,「握りたい」→「握った」
と自然に少しずつ細かくできるようになりました。
また今までサティが入らなかった布団の上げ下ろしや、トイレの中でもサティを入れることができるようになりました。
ところが翌日事態は一変しました。
昨日私としては最高の瞑想ができたのがうれしく、今日も同じように頑張ろうとしたのです。ところが全く集中できません。
以前はちっとも気にならなかった小さな物音や、暖房の風音にまでイライラし、だんだんと、うまくいかないことに対する嫌悪感で体中いっぱいになりました。
誰かが音を立てるとそれに反応し、今までのイラ立ちまでその人のせいにしてしまうこともありました。
どうしようもなくなり先生に御相談しますと、欲や渇愛が出てきているからだとおっしゃいました。
前回と同じようになどできる筈がないのに、一番よかったときのことを思い出しては比べていたのです。
これではダメだと思い、それからはひたすら自分の心との戦いでした。
自分の心を確かめながら、これは欲だ、これは渇愛だとサティを入れ続けました。
この日はそれで終始し、翌日の食事のサティで集中が取り戻せ、やっと元に戻ることができたのです。
昼食後の面接で、先生から
「これからは目を閉じていない限り何かを見ているわけだから、'見ている'とサティを入れ、瞬きするときにも気をつけて、とにかく1日中サティを切らさないように頑張ってみて下さい」との指示を頂きました。
言われたとおり必死にサティを続けていきますと、トイレで座っているとき
「今日は1月1日に違いない」→「と思った」
と、すかさず自動的にラベリングが飛び出しました。
また翌朝目が覚めると
「(目を)開けた」→「(天井を)見た」
と、サティが自然に入るようになり,これには驚きました。
8日目になり、修行が一番進む時期だと先生がダンマトークで話されました。
私はこれまで歩行禅を眠気覚まし代りにしていた気味があったと気づき、今日は歩行禅に正面から取り組もうと決めました。
壁に手を着いて目を閉じ、できるだけゆっくり動き、一瞬一瞬の感覚を逃さないぞという気持ちでしました。
10分ほどすると、足を少しずつ上げていくときの足裏のしびれの動き、前に歩を進めた時のしびれが爪先から踵へと移動していく感覚、止めたとき空気がフッと戻る感覚、触れたとき、圧を加えたときの感覚までとても細かく観察することができました。
次々と実感できるのがとても楽しくなり、雑念もほとんど出ず、スムーズに集中していくことができました。
歩行禅の後、頭がシビれてとても疲れたので、サプリメントでエネルギーを補給することにしました。
このときもサティを切らさないように注意し、一つ一つゆっくりと細部にまでサティを入れ、指が曲がるときの肉のきしみも感じることができました。
何かを見ているときは「見ている」、何もサティを入れるものがないときは、瞬きに、「まばたき」とサティを入れていました。
サプリメントを取り終えると頭がすっきりとしたので、立ち禅を始めるとスーッと集中に入れました。
踵でジンジンしているかと思えば、足裏の周囲をしびれが駆けめぐったり、爪先から踵へと移動したり、ジンジンのリズムが変わったりと、足裏の観察が楽しくなり、夢中になってしまいました。
やがて足が疲れたので、サティを入れながら少し休み、座禅に移りました。
座禅を始めるとすぐに集中することができ、今まで感じたことがないような、まるでお腹が風船にでもなったように、大きく膨らんだり縮んだりするのを体験しました。
そしてワンワンという犬の鳴き声に、
「お腹」→「音」→「お腹」→「音」
と、サティを入れることができ、サティの高速ラリーが始まったのです。
それからは今までサティを入れることのなかった、人が歩くときの衣擦れの音や台所からの物音という細かい音にまでサティが入り、必ずお腹に戻ることができました。
そして人が鼻をかんだときのズズズ……という音にも、
「お腹」→「音」→「お腹」→「音」→「お腹」→「音」→「お腹」
と、サティがとても速く入りました。
それは「おなか」→「おと」というラベリングではなく、卓球の打ち合いで玉が電光石火に飛び交うように、意識が「お腹」と「音」の間を高速で往復するのです。
こうして1秒間に4〜6個のサティが入り,
「それがサティの高速化の始まりですよ」
と先生に言われました。
座禅を終え、組んだ足を解いて歩き出そうとすると、
「(足を)上げたい」→「上げた」、「運びたい」→「運んだ」、「下ろしたい」→「下ろした」、「触れた」、「圧」
というように次々と勝手にインテンションが出てきたのです。まるで足が自動的に前に進んでいるような感覚で、速く歩いてみても、インテンションは次々と出てきました。
こんなことが本当に起こるのだと、今まで体験したことのない出来事にとても驚き、そして感動しました。
最初10日間やり通せるのだろうかと不安がいっぱいの私でしたが(何しろダイエットが主目的でしたから)、最後には,もっと修行したい,せめてあと1日だけでも…という気持ちになりました。
この合宿に参加できて本当に良かったと思っています。
有り難うございました。