『真っ黒い心を吐き出したら・・・』H.T.
地橋先生のご著書から朝日カルチャー講座に出会い、1Day合宿に参加し出してから1年半ほどになります。
現在私は55歳ですが、ブッダの瞑想法に興味を持ったのは30代後半でした。その頃はヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想の違いなどまったく知りませんでした。動機は願望をかなえるため、何か超人的な能力をつけたい、成功したいといった欲が心を占めていました。
38歳の時にそれまで勤めていた会社を辞めて独立し、スピリチュアル療法を中心とした心理セラピーを開催すべく相談ルーム・セミナールームが確保できるビルのスペースを借りて事業を始めました。動機は自らの知名度の向上や金銭欲を満たすためであり、サラリーマンから脱出したことだけで満足を得ているようなどうしようもない自分でした。真面目に宣伝活動をするわけでもなく、技を磨くわけでもなく独立した自分に酔い、それをブログに投稿し、知人が反応してくれることで優越感を満たす、といった毎日でした。当然事業はうまくいきません。1年も経たずに事務所閉鎖に追い込まれ、後に残ったのは借金と尻切れとんぼになった人間関係でした。
妻はそのころ精神的な苦しみのどん底であったといいます。3人の子供を育てるための生活費がどんどん消えていくことに心を痛め、夜眠れない日々が続いたといいます。
私はと言えば、そんな妻の苦しみにはまったく気づかず、ただただ自分が有名になればいい、と思っていたのです。
会社員に戻ったことでやがて家計はもとに戻りましたが、私の中で成功願望はずっとくすぶっていました。「自分は世に出て名声を得る特別な人間だ」といった意識がずっとありました。
私は20代の頃よりスピリチュアル療法や成功実現技術といったものに興味があり、本やセミナーなどを通じて様々な手法に出会いました。自己啓発詐欺も体験しました。ブッダの教えにも出会ってはいたのですが、ブッダの教えは「人生は苦」であり、成功してお金持ちになりたい私とは相容れない思想であると捉え、当時はなじめませんでした。
私には訳もなく急に激怒する、という課題がありました。特にそれは妻に対して出ていました。妻と普通に会話をしているときに、妻の何かの言葉をきっかけに、突然怒りが爆発し、コントロールできなくなるのです。しばらく時間がたって怒りが治まった後、振り返ってみてもなぜあんなに怒りを爆発させたのか理由がよくわかりません。怒りを爆発させた後は決まって気分が悪くなり、この癖をなんとか止めたいと思っていました。
怒りの爆発が原因で、仕事で取引先への出入りが禁止になったり、知人との関係が破綻することも何度かありました。痛みを味わうと反省はするのですが、しばらくするとまたやってしまうのです。
52歳を過ぎて、子供3人のうち2人が社会人として独立、子育てが完了に近づくにつれ心もすこしずつ静かになっていったようでした。そんな折に、スマナサーラ長老の本に出会い、原始仏教、ヴィパッサー瞑想を知り、興味を持って調べていくうちに地橋先生の講座にたどり着きました。
講座に何度か通ううちに、怒りの原因は、自分の心の歪みの問題ではないか?と思うようになりました。ただ、具体的にどう対処すればいいのかわからずにいたときに、地橋先生から内観を勧められました。内観については40代のころから興味はあったのですが、7泊8日の間、屏風の内側にこもりっきりで修行するというプログラムを完遂する自信がなく、申し込みに躊躇していました。
地橋先生に推薦されたとき「いよいよ実施する時がきた」という思いが浮かんだので、素直にそれに従い、年末年始の休みを利用し静岡の内観研修所に行きました。
7泊8日の内観研修の前半は内観することが難しかったのですが、なんとかこの機会に怒りの原因を知りたいと真面目に取り組んでいたところ、4日目くらいから気づきが深まり出しました。
もう少し詳しく説明しますと、最初の3日間は母と父と妻に関して@「していただいたこと」A「して返したこと」B「迷惑をかけたこと」を順番に振り返りました。そこそこの気づきはあったのですが、心が揺れ動くところまではいきませんでした。
4日目から「嘘と盗み」というテーマで振り返りを始めてから、気づきが深まっていきました。嘘と盗みについては、本当にどんどん出てくるわけです。子供の頃もいろいろ出ましたが、仕事を開始してからは、仕事で経費をごまかしたこと、仕事をさぼったこと、人との約束を守らなかったこと、妻に嘘をついたことなどなど、出るわ出るわ、とめどもなく出てきて、自分の人生は嘘と盗みで出来ているのか!と思えたほどです。
真っ黒な自分を見せつけられ、途中かなりしんどくなったのですが、ここはなんとか踏んばって、ごまかさずに、自分がやってきた嘘と盗みを全部吐き出そうと思い、ひとつひとつ丁寧に思い出しました。嘘と盗みを一通り吐き出したあと、再度母と父に対する内観に戻りました。
この後半の内観中に大きな気づきが来ました。
他界した母については元々感謝の思いがあったのですが、今回の内観に参加できたのも、実は母の死という導きがあったという事実に気づけました。
父についてはできる限り接触を避けてきた自分がいました。その父が若い頃、当時の父を取り巻くある事情によって大変な苦労・苦しみを味わってきたことに思いをはせることができ、それを実感できた時は、心からの労いと私を育ててくれたことへの感謝の涙を流すことができました。内観の福田先生も一緒に泣いてくださいました。
7日目、8日目と幾度か懺悔と新たな事実の気づきへの感謝の涙をこぼし、8日目終了時点ではとても爽やかですっきりしている自分がいました。
内観を通じて怒りの原因がひとえに自分のモノの見方が逆さまであったこと(自分は周りのおかげで生かされてきたのに、まるで自分が周りを生かしてきたかのごとく思い込んでいたという本末転倒の見方)であったと深く気づくことができました。
内観から帰宅し妻の姿を見たとき、土下座をして過去の怒りの行ないを詫びました。その時、私の内面はとても素直でした。
それからはさらに精進しようと思い、ヴィパッサナー瞑想に真剣に取り組むようになりました。以前は気が向いたときに時々瞑想するといった程度でしたが、毎日実践するようになりました。
それから8カ月ほど経ちました。妻に怒りをぶつけることはもう無くなりました。以前だとムカッと来ていたような場面でも怒りを出さずに、穏やかに対処している自分がいました。それまで毎日外か家で飲んでいたお酒もまったくと言っていいほど飲まなくなっていました(私が発するアルコール臭に悩まされていた妻も喜んでいます)。妻や子供も前より私に接しやすくなったようで、ペットの犬も以前より私になつくようになっていました。
怒りが爆発していた時は「イライラの元」とも言えるものがお腹の奥に実感として存在していました。そのイライラの元に触れられると、「イラッ!」として怒りが出てくるのです。触られるとイタッ!となる皮膚にできる「痛いおでき」のようなものです。それが今は、消えました。実感として存在しなくなったのです。
仕事においても生活においても感情が揺れ動いたときに、サティ(気づき)を入れて、「今不愉快に感じている」「それはどんな心だろうか?」と探るようになりました。例えば、心が穏やかではない状態のときに「怒り・イライラ」とサティを入れても、心が静まらないときに、さらに心を探っていくと「さみしさ」というサティが入り、それによって心がスーッと治まっていくこともありました。ああ、自分がイライラしていたのは、実は人にかまってもらえず寂しさを感じていたのか、と。何度かそのように実践していくうちに、自分の感情が乱れるパターン・癖があると気づけるようになりました。エゴが前に出てきて力を増すと、偏った思考を展開することにも気づけるようになりました。
地橋先生からは「内観を通じて人生の流れが変わるような大きな気づきが起こり、その後も瞑想修行が続き、具体的に行動が変わって成果が出ていますね、素晴らしい」と言われ、うれしく感じました。
長年にわたり私自身も苦しめていた原因不明の怒りが沈静化し、今は毎日穏やかに過ごせています。以前はいつ自分の怒りが爆発するかと思うと、気が気ではありませんでしたが、今はサティを入れることで、怒りの後続切断ができるとわかりました。原因と対処法がわかり、自分が楽になっていることにも気づけました。
まだ短い期間ですが、地橋先生が推薦されるヴィパッサナー瞑想を実践してきて、大事だと思った点を5つあげます。
1. 五戒を守る
まだまだ油断できませんが、とても重要です。最初はどうしてもお酒が止まりませんでしたが、飲まないでいると頭がクリアになり、心も静寂になることがわかってからだんだんと飲まなくなりました。先ほど述べたイライラの元とアルコールは関係があります。イライラの元があると怒りや痛みがしょっちゅう出てくるので、それらをアルコールで麻痺させようとしてしまうのです。ほかの4つもとても重要だと感じます。地橋先生がおっしゃる通り、五戒を守らずして瞑想が深まることはないと感じます。
2. 毎日の生活そのものにサティを入れる
瞑想の時間だけにサティを入れるのではなく、実生活においてサティを入れること。とても難しいことですが、実生活こそがサティの本番と自分に言い聞かせています。
3. できる限り放逸しないで生活すること
前回の1Day合宿の時、前々日に見たTVビデオの音楽が頭の中で鳴り続けていて、瞑想に集中できませんでした。ブッダは音楽の視聴も禁止していますが、理由がわかりました。TVなどの視聴の時間を意識的に減らし、食事も多くを食べないようにすること(食を抑えることは難しく、今後の私の課題です)、無駄話に気を付けることなどが心を整えることにつながります。
4.とにかく毎日瞑想態勢に入る
瞑想がうまく進むときもあれば、気乗りしないときもあります。特に気乗りしないときでも、なんとかして歩き瞑想か座り瞑想を始めてしまうこと。
5. ダンマに触れ続けること
地橋先生の講座でのダンマトークや法友との会話が良い刺激になり、継続力を与えてくれます。
私はもともと本を読むことが好きですが、ダンマ関連の本に毎日触れることで、新鮮さを保てると感じています。一人だとついサボりそうになりますので、ダンマの言葉に触れることで自分に活を入れることができます。
瞑想を長い期間継続するには、なんらかの形で常にダンマに触れ続けることが大切だと思います。触れないでいるとダンマから遠ざかっていく自分がいます。
ブッダの智慧を緻密に、分かりやすく、実践的に伝えてくださる地橋先生のガイダンスを軸に、今後も瞑想を続けていきます。長期間続けていったその地平線の彼方の先に何が見えてくるのかとても楽しみです。ご縁に感謝いたします。 H.T