『私のヴィパッサナー瞑想体験記』K.U.

 

  地橋先生の瞑想会で修行をさせていただくようになってから、いつのまにか8年が過ぎようとしている。ここで、ひとまずの区切りをつけるためにも、ヴィパッサナー瞑想に出会ってから今に至るまでの自分の修行を総括的に振り返ってみたいと思う。
  先生の瞑想会を知ったのは、『DVD版ブッダの瞑想法』がきっかけだった。それまで瞑想というと、何時間も不動の状態で坐り続けていなければならない苦行のイメージがあり、集中力のない私には無理だと思い込んでいた。
  しかし、このDVDを見ると、坐る瞑想だけでなく、歩く瞑想や立つ瞑想、さらには日常モードの瞑想など動きながらできる瞑想が紹介してあるではないか。
  「なんだ、瞑想って実は簡単なものだったのね。こういうことで悟りも得られるならやってみようかな」とこの上なく軽い気持ちで瞑想会に出かけたおめでたくも哀れな私。
  初めての瞑想会で、先生は初心者の我々に、まず「認知のプロセス」についての説明をされた。これは後に、ブッダのヴィパッサナー瞑想の理論の中核であり、先生の瞑想理論が凝縮されたまさに智慧のエッセンスであると知る。
  次に、瞑想の詳しいやり方を、先生ご自身が丁寧に説明してくださった。これは後に、ヴィパッサナー瞑想の具体的な実践方法であり、智慧のエッセンスがそのまま身体的に表現されたものだと知る。
  これほど密度の濃い内容を、瞑想のことなど何も知らない我々に一度に教えてくださったのだ。当然、何のことかさっぱりわからない。でも、要は、自分の身体の一部に意識をフォーカスさせて、他の感覚や思考やイメージなどの妄想にサティを入れることを繰り返していけばよいということは理解できた。
  早速その日から瞑想の実践を開始した。ところが、いざ実践しようとしてみると、まったくできないことに戸惑った。妄想が気になって、身体の中心対象になかなかフォーカスできないのだ。歩く瞑想なら、中心対象がはっきりつかめそうなものだが、坐る瞑想と同様、ほとんど集中できない。
  「離れた」「移動」「着いた」「圧」とラベリングだけはしっかりと口をついて出てくるが、実感を伴わない言葉がただ空回りしているだけの状態だった。
  その時、私の集中を妨げている最大の敵は、思考であったことに気づく。すなわち、思考を封じ込めようとすればするほど、過去の記憶にまつわる後悔や怒りが、心の奥底から噴き出す感じになるのだ。それを訓練で何とかしようと、それから丸2年の間、来る日も来る日も一日2時間瞑想の実践を行なった。
  瞑想を開始して間もない頃に、2度だけ、歩く瞑想と坐る瞑想中に、サマーディらしきものを体験したことがある。ところが、その体験をしたがゆえに、心は至福体験の再現を求めるようになり、妄想がいちだんと強化されてしまい、ますます思考の泥沼に巻き込まれるという悪循環が始まった。
  結局、2年間がんばったところで、燃え尽き症候群のようになり、瞑想の実践はできなくなってしまったのだ。
  そこで、やむをえず、戦法を変えることにした。
  今度は、ヴィパッサナー瞑想の理論からのアプローチである。「認知のプロセス」には、先生がご自分の瞑想修行で得られたすべてが詰め込まれている。この認知のプロセスの本義を知ることがブッダの教えのすべてであるという直感を抱いていた私は、その暗号を解くことに一生懸命になった。瞑想会での先生のダンマトークと本などの文字情報を中心に、理論面での修行(?)の始まりである。
  そして、ほどなくして、このアプローチの方が私には合っていることがわかり、それから6年間は瞑想の前座修行(?)に没頭した。元々読書が生き甲斐になっていたこともあり、ありとあらゆるジャンルの本を片っ端から読んでいくことになる。哲学や心理学の分野はもちろんのこと、物理学や数学、生物学など理系の分野、さらには経済学など以前の自分だったら見向きもしないような分野にまで及んだ。
  瞑想会スタッフとして毎回参加させていただきながらも、瞑想実践はほとんどしないで本ばかり読んで知的ワークに専念している自分に若干の後ろめたさを感じてはいた。しかし、ヴィパッサナー瞑想の理論の真髄である認知プロセスの意味を自分なりに納得しなければ実践には移れないような気がして、「これでいいのだ」と自分に言い聞かせるようにしてこのやり方を貫いていた。
  この間、善行の修行にも情熱を傾け、自分のできる範囲で徹底的に財施や身施などの布施行を始め、多くの方々にダンマ情報の提供も心がけた。また、先生が反応系の修行として推奨されている内観の修行にも、間隔をあけて2度行くことになる。
  この内観修行は、私にとって最も辛いものであり、同時に最も効果のある修行になった。そして、瞑想の理論からのアプローチもまた、苦しみを伴った修行であり、だからこそ、苦をなくしていけるのだと実感することができた。精神的・身体的・知的な障害や病を持つ人たちに、心から共感できるようになれたのも、内観修行のおかげである。
  そして、9年目に入ったある日、不思議な現象を経験した。なんと、この私にすんなり瞑想ができたのだ。意外なことに、中心対象に意識が自然にフォーカスできるようになっていた。また、思考やイメージなどの妄想、音、匂いなど、外部からの情報にも中心対象と同じくらいの自然さで意識が向けられていく。なぜかその時は、瞑想の実践に対する苦手意識が消え、実践に苦を感じなくなっていたのだ。これはたぶん、中心対象とそれ以外の感覚を等価に観られるようになっていたからだろう。「それ以外の感覚」には思考も含まれる。
  自分の集中力を妨げていた最大の敵であるはずの思考が、実は中心対象と何も違いがなかったということが不思議に実感され、思考が出ても全然気にならなくなったのだ。それゆえに、中心対象に集中しなければならないという強迫観念も現れてこなくなった。どこに集中しても同じだとわかったら、止のサマタ瞑想と観のサティの瞑想は、見かけは異なっていても、本質的にはその二つを分ける境界線などないように思われた。そのような自覚がベースにあると、努力しなくても自然に中心対象に意識を向けることができていた。
  たまたま特殊な意識の高揚から体験しただけだが、これこそが、サマタ瞑想とサティの瞑想の統合なのではないだろうかという気がした。先生は以前に、集中には2種類あると教えてくださった。一つは、中心対象以外のものをすべて封印して、強引に意識を一点に集中させる方法。もう一つは、中心対象以外のものが出現するたびに一つ一つ静かに見送ることを続けながら、最後に残された中心対象に意識が自然にフォーカスしていることに気づく引き算的な方法。そして、前者は典型的なサマタ瞑想、後者はサティの瞑想を軸にしながら集中力を養っていく方法ともおっしゃっていた。
  私は、理論面からのアプローチに必死で取り組んでいるうちに、いつのまにか引き算的な集中力を養っていたのかもしれない。また、ヴィパッサナー瞑想の修行の流れの一つに、身随観→受随観→心随観→法随観という順番がある。今になって思えば、私が8年間やっていた修行はこの流れに即していたかもしれない。そして先生は、反応系の心の修行に直結する心随観を、戒の修行が未熟な初心者には最重要と位置づけられているが、私も6年間念入りに取り組んでいたというわけだ。そして、そのおかげなのだろう、拙いながらもやっと身随観ができるようになったと喜んだ。
  思考への執着を手放すために、長年悪戦苦闘してきたおかげで、思考へのサティも身体感覚へのサティも匂いや音へのサティも、基本的には等質なものだという漠然たる理解が生じてきている。
  誤解を恐れずに言えば、身随観も法随観も、対象が意識に触れただけのことであり、同じではないか。少なくとも、私が8年前に始めた身随観のセンセーションと、このとき私が感じていた身随観は質的に異なり、より純粋な身随観ができていたような気がするのだ。
  うわー!私にも瞑想ができる!とすっかり感動していたが、なんと、翌日からはまたもや元の木阿弥。私の脳味噌は同じようなお腹の感覚や歩行感覚に注意を注ぎ続けていくことがどうしてもできないらしい。猿が木の枝から枝へ飛び回るように、頭の中では妄想が激しく駆けめぐり、自分でもギョッとするような面白い興味惹かれる妄想に飛びついては、キャーキャー喜んでしまうのだ。新奇探索性が生まれつき強力なのか、前世で修行を放っぽり投げて、妄想に耽ってばかりで次々と思索に夢中になっていたのか。
  それでもなんとも不思議なことだが、これだけ瞑想ができないと普通はさっさと止めてしまうものなのに、断じて私は止める気がないし、やり抜くしかないという揺るぎない確信が定まっているのだ。これも妄想だが、前世で修行もせずに哲学的妄想に耽っていたが、死ぬ間際になってやっと心の底から瞑想修行の実践以外に救いの道はないと気づいて来世に託したのかもしれない。今世ではその決心どおり修行しようと思っているのだが、あまりに何度も同じ脳味噌の使い方を繰り返したせいで、気持ちとは裏腹に、いざ瞑想修行を始めると自動的に妄想のスイッチが入ってしまい言うことを聞いてくれないのかもしれない。
  しかし、この世の一切は無常であり、どのような事象も存在も状態も永遠にそのまま固定していることはない。先生も仰るように、ブレないで決意を貫いていけば必ずその通りになっていくのが現象世界というものだと確信している。だから、私は断じて諦めずに、このヴィパッサナー瞑想を続けていくし、やり抜いていく。
  最後に、地橋先生に改めてお礼を申し上げたい。私が地橋先生の瞑想会にたどり着いた原動力となったのは、次男を赤ちゃんの時に亡くした体験による罪悪感を手放したい一心からの情熱だった。この罪悪感をなんとかしなければ、死ぬに死ねないという思いにとらわれていたのだ。数多くのスピリチュアル系の本を読み、いろいろな会にも顔を出したが、どれも○○を信じることが前提条件となっているものばかりだった。私には、その前提条件となっている○○を無条件で信じることにはどうしても抵抗があった。だからこそ、○○を押しつけないところ、○○が前提条件となっていないものを私は無意識に求めていたのである。そして、先生の瞑想会に初めて参加したとき、自分が望んでいた通りのところに私はやっとたどり着けたと直感した。それが、どんなつらい修行にも耐えることができた理由なのだ。
  そして8年間かかって、私は自分の直感が正しかったことを実感している。○○を必要としないどころか、○○を必要としないというその気づきさえやがて自然に生じなくなるのだろう。ちなみに、○○とは二元論を意味し、それがどのような概念であっても苦であることに変わらない。○○を手放し続けていく過程こそが、認知のプロセスであり、ヴィパッサナー瞑想なのではないだろうか。
  ・・と、また妄想してしまう私だが、ヴィパッサナー瞑想に興味を抱き、これから瞑想を始めようと思っていらっしゃる方々。そして、瞑想に何年も取り組んでいるのに、なかなかこれといった成果が出せなくてスランプに陥っていらっしゃる方々に、転んでも転んでも絶対に諦めずに瞑想に立ち向かおうとする私のような者もいるのだということが、少しでも励みになってくれればこの上ない喜びである。
  瞑想に不可欠な集中力がまったくない、箸にも棒にもかからない落ちこぼれの劣等生の私だが、修行の情熱は変わらないのだ。人の才能も、弱点も、自分に与えられた資質というものは、どうしようもない業の結果であり、そのあるがままの自分を認め、受け入れて、与えられた独自の道を最後まで歩み抜いていくことこそ、自分にとっては最高の生き方なのではないでしょうか。それこそが、どなたにとっても、究極に至る唯一の道なのだと、仏教から学んだ9年でした。
  先生、法友の皆様、本当にありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。