『生きる意味を探して』H.M.

 

  私は55歳の会社員です。地橋先生の朝カル講座を受講し始めて11ヶ月になります。
  私が朝カル講座を受講し始めた理由は、お寺での坐禅会や阿字観瞑想、念仏会などが大好きでよく参加していたのですが、意味がわからないまま参加していたので、きちんと意味を理解したいと思ったのがそもそものきっかけです。最初は本を読んだり、朝カル等の仏教に関する講座をいくつか受けたりしていました。その後、地橋先生の講座を受け始めました。
  地橋先生の講座は納得できるところが多く、毎回楽しみに受講していましたが、受け始めて3ヶ月目に名古屋への転勤が決まりました。内示を受けた翌日に講座があり、それまで講座終了後の食事会には参加していませんでしたが、勇気を出して食事会に参加し、転勤が決まったことを話しました。地橋先生や法友の皆さんからたくさんの励ましの言葉をいただき、大変有り難く受け止めました。名古屋に引っ越してからも、交通費は嵩むものの、私にとって講座は大切な存在となり、他の所用と並行しながらですが、現在も継続受講しています。
  では、なぜ坐禅等が好きかということについて書きます。
私は姉と二人姉妹ですが、幼少期に姉から「人は一秒々々死に近づいて生きている」と聞いた時にショックを受け、人は死んだらどうなるのだろう、なぜ自分以外の人は死後のことを気にしないで生きているのかが不思議でなりませんでした。
  高校生の頃に丹波哲郎の死後の世界の本と出会い、それからは丹波哲郎の信奉者になりました。辛いことがあるといつも丹波哲郎の本を引っ張り出し、どんなに辛いことがあっても自殺だけはしないようにと書かれた箇所を何度も繰り返して読んでいました。
  辛いことというのは、自分は一言でいえば、アダルトチルドレンであるということや、恋愛に関して、いつも好きな人には好かれないということ等があります。また、生きる意味がわからないというのもありました。
  私の両親は、結婚して子供を産んで家庭を持つというのが、『まともな生活』という価値観でした。一方で私は好きな人には好かれないということがありましたので、親のプレッシャーから逃れたいという思いから、あまり好きではないけれど結婚してしまえば何とかなるだろうという安易な考えで結婚しました。そんな結婚生活はうまくいかず、2年足らずで離婚しました。離婚した時に両親から、「こんなことなら産まなければよかった」と言われ、ひどく傷つきました。
  また、生きる意味がわからないというのは、人は愛する人と出会い、その人と結婚し、その人の子供を産み、その人とその子供のために生きるというのが生きる意味であると考えていたので、生きていればそのうち自然にそうなるだろうと思っていたのに、まわりの人はそうなっても自分はそうならず、だったら自分に生きる意味はいったい何なのだろうとよく考えていました。
  会社員なので、会社では利益を追求するために毎日精進し、会社以外では会社の仕事に役立つようなMBA等の勉強をしていたのですが、どうしてもそれだけに集中できない状態でした。会社の仕事はするけれども、それよりも大切な問題があるのではないかという感覚です。
  職場では普通に仕事していましたが、人の好き嫌いが激しく、嫌いな人の足音が聞こえたり視界に入るだけでもストレスに感じ、一時期カウンセリングを受けたり、自分でもキャリアカウンセラーや産業カウンセラーの資格を取ったり、スピリチュアル系のセッションを受けたり、ワークショップに参加したり、出家者の講演を聞いたりしていました。
  会社では、利益追求が最優先だけれども、違う場所には違う世界が存在しており、そういう世界に触れることで自分なりに会社員としての生活とのバランスを取っていたような気がします。(これを一般的には、現実逃避と呼ぶのかもしれませんが、私にとってはどちらも現実なので、現実逃避という言葉はしっくり来ない感じがします)
  そうした活動をする中で、だんだんと仏教を勉強したい、坐禅をしてみたいという気持ちが強くなりました。
  東京に勤務している間に、都内で数回人事異動しましたが、新しい職場に変わっても、しばらくするとまた嫌いな人が現れるというパターンが繰り返されていました。因果論を理解していなかった頃は、嫌いな人に対し、心の中で「あんなことをしていると地獄に落ちるぞ」「地獄に落ちればいいのに」と思うことがよくありました。
  名古屋に転勤する前に、嫌いな人が複数人おり、どうしたらその人達と離れることができるかを考え、ネット検索したところ、嫌いな人と離れられる呪文のようなものを見つけました。それは、「〇〇さん、あなたからの学びは終わりました。〇〇さん、ありがとう。〇〇さんが、幸せになりますように」と唱えるものでした。しばらくの期間、それを実行していました。それを実行したせいなのか、地橋先生の講座を受講したせいなのかはわかりませんが、結果的に嫌いな人達とは離れることができました。私はその人達が人事異動することを望んでいたのですが、自分が異動することになってしまいました。
  それは不本意な人事異動でしたが、朝カル講座を受講していたおかげで、どんなことでも受け入れられるようになりました。もし受講していなければ、人事異動を決めた人(誰かはわかりませんが)を恨んで、また新たな業を作っていたと思います。
  今は、名古屋への転勤も含め、どんなことも自分の蒔いた種を刈り取っているのだと自然に思えるようになってきました。そう思うと苦受が起きてもほとんど腹が立たなくなってきました。
  例えば、お手洗いが汚れていたとしても、なんできれいに使わないのだろうと思うのではなく、善行を積めるチャンスだと思えば全く気にならなくなります。
  朝カル講座のインタビューで一番驚いたことは、朝、歩く瞑想をしていると、忘れ物に気づくことがあり、その時に、瞑想を一旦中断し、忘れ物を鞄に入れてから、瞑想に戻る旨を話した際に地橋先生から「忘れ物は所詮、この世のこと。瞑想の方が大事」と言われたことです。ああ、そういう価値観なのだと、つくづく驚きました。
  また、私が嫌いになる人は、声が大きい人、声が高く、よく通る声の人、その人が独り言やおしゃべりが多かったりする、そういう人が職場にいるとストレスになり、だんだん嫌いになることに気づき、そのことを質問すると、それについては、今生で自分が音に関して人に迷惑を掛けたことがあったのではないかという考え方と、人のせいにしないで、自分の集中力がその程度だ、という考え方がある旨のアドバイスをいただきました。どちらも思い当たる節があり、特に自分の集中力という点では、確かにものすごく集中している時には、音が気にならないことに気が付きました。
  まだ、サマーディの体験をしたことはありませんし、私は瞑想の才能がないのかもしれませんが、これをしたからこうなったのかな、という小さな出来事はよく起きます。それは、本当にそれが原因なのかどうかはわかりませんし、それを立証することもできませんが、自分なりに、ああ、そういうことなのかな、という感じで過ごしています。
  また、瞬間的に人を見くだす傾向がある自分に気づき、そのことに気づいた時には、透かさず、慈悲の瞑想をしたり、ごみ拾いをしたり、コンビニ等で募金箱を見かけたら1円募金をするようにしています。
  このレポートを書き始めて、最近は生きる意味とは何かについて考えることがなくなったことに気が付きました。すべては起きるべくして起きていることで、様々な起きることが学べる機会だと捉え、有り難いことだと感謝しながら生きていきたいと思います。